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<<   作成日時 : 2007/12/29 16:19   >>

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ASW15撮影記のおり、こう書いた。

撮影はとても堪能できた。
その結果、『日本の滑空機図鑑』の現用機全機種網羅作戦も、あと8機となった。
ASG29(これはちかく板倉で撮れそう)
ASK14(無理かな?)
DG-300 ELAN ACRO(たぶん年内に)
G102 ASTIR CS(鼻の丸い初期のCS。たぶん年内に)
G104 SPEED ASTIR II(無理かな?所有者に連絡を取りたいんだが)
IS-28B2(去年までは飛んでいたが、これも難しそう。北見にあるんだが)
SN CENTERAIR 101B(たぶん年内に)
VENTUS 2cT(たぶんそのうち)

うち、G102 ASTIR CSを板倉で撮った話は書いたし、その翌週にはSN CENTERAIR 101B Pegaseを撮ることが出来た。
また、(無理かな?)のASK14については、なぜ無理かということも、概略分かった。
ELAN ACROについては、大利根で耐空検査が予定されていると聞いた。実際2度撮影のチャンスがあったが、耐空検査自体が延期になって撮れないでいる。しかし、年は越してもそのうち撮れるだろう。
IS-28B2に関しては、ある方が空撮写真のサンプルを送って下さった。
すると、(これはちかく板倉で撮れそう)(たぶん年内に)(たぶんそのうち)計3機が撮れれば、現実問題としては撮了のようである。

さらに、12月中には、かなりの数のグライダーの写真を撮った。
DuoDiscusの編隊飛行空撮はインプレッシブだったし、現在整備待ちや冬には飛べない滑空場から降りてきた機体などで、大利根には7機もあるDiscusのうち2機を空撮した。また、関東大会が行われる妻沼でも、実効1,000mmといった長い玉を振り回して、冬の斜光が生きる記憶に残る絵を撮った。

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原稿は1文字も書いてないが、これらを見越して『日本の滑空機』図鑑のページのレイアウトを行った。結論的に言えば、なかなか壮観である。独りよがりの感想では困るので、うれしさも手伝って、その概略をPDF化して米田さんに見せた。同様の印象を持ってくれたようだった。早く作りたいものだ。

これらの写真はデジタルで撮ってはいるが、素のまんまの画像では十分とは言えない。なぜなら、こうであってほしい、とか、こうであるべきである、という意図が前提にあるからである。女性の化粧と似ているが、事後処理によって生きもすれば死にもする。
Photoshopやカメラメーカーのソフトを使って処理するが、これがなかなか、ゴールがない。おおよその正解はあっても、算数的正解はない。そのため試行錯誤を繰り返し、時には1コマに半日もかけたりする。
やりすぎると、化粧の濃い場末の酒場のオバハンみたいになったりする。写真のシャドー部などを拡大すると、ノイズが出てザラザラになっていたりする。こうした作業からでさえも、ものごとは何でも、方向性を示して引き下がるのがよい、といった人生観さえ教えられたりするのだ。

そうした処理に一定程度の成果を感じられるようになったので、ページスポンサーになって下さる皆さんに機体の空撮写真パネルを作った。
2回に分けて作ったが、どうやら好評のようで嬉しい。デジタル化以降の、だから2005年以降のグライダー空撮写真については、被写体になって下さった方のご要望があれば、今後も作っていきたいと思う。

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さて、写真パネルといえば、羽田のブックスフジの店内に、かなり前のJAAP展に出したものではあるが、写真を飾ってもらうことにした。ポピュラーな戦闘機や旅客機の写真でなくて大丈夫か、という懸念もあったが、グライダー関係の書籍が売れる店舗は少ないので、精力的に販売して下さるお店では、滑空の存在証明を強めたいと思ったのだ。
飾り終えたよ、という連絡をもらい見に行った。それなりのパワーを感じてもらえれば嬉しい。羽田に行かれるついでがあればご覧下さい。

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さらに写真お話だ。12月は、めったにないことだが、2つの写真展を見に行った。
ひとつは、銀座和光の6階ホールで25日(火)まで行われていた南川三治郎の『「日・欧巡礼の道」展 日本編・熊野古道』。
http://www.wako.co.jp/hall/0712/hall2.htm

このデジタルの時代に、世界に3台しかない?超大型蛇腹カメラ、ディアドルフを使い、富士フィルムが限定的に2,000枚作った8×20インチ・シートフィルムを使って撮った写真展である。フォーマットが巨大であるから、300mmレンズでワイド、600mmで標準といった具合にレンズも桁外れである。これがどのような描写を見せるか、どのように使われているか、興味があった。
これでしか撮れないという成果は随所に感じることが出来た。しかし、人の存在感の有無が、道具やフォーマットを超えて写真の力になるということも、改めて感じたのだった。

見終わった後、この写真展に誘ってくれた高本裕久とビールを飲みに行った。広告写真の王道を歩んだ男で、熱気球のオペレーターでも有名だ。
「行くんなら7丁目だな」
銀座7丁目の古色溢れたビアホール、ライオンで、ワイケリーであった世界滑空選手権の日本チームの行状を面白く聞くことが出来た。今は気球だが、藤倉三郎さんに操縦を習ったという70年代の板倉の会員でもある。話題はそのうちTPでも書けるだろう。
「もう1軒行こう」
銀座の路地裏の昭和そのものといった開業79年のバー「ルパン」に行った。
「このカウンターで織田作之助を撮った有名なポートレートがあるだろ、写真家林忠彦の出世作だ。あれは、まさにこの席だ」
触発されることの多い日だった。

もうひとつの写真展は、その触発のなせるのもだったかもしれない。千代田区一番町の JCIIフォトサロンで行われていた「にっぽん1950年代―「岩波写真文庫」の世界―」
http://www.jcii-cameramuseum.jp/photosalon/photo-exhibition/2007/20071127.html

名取洋之助、東松照明、長野重一、薗部澄ら、ここには、写真に憧れていた時代、40年も前の中学生高校生の時分に、第一線で活躍された先輩の息吹があった。
もう今や絶版になったが、岩波新書の名取洋之助著『写真の読み方』にはずいぶん影響されたと思うし、戦後の写真ジャーナリズムのピークを作った朝日ジャーナルのグラフ連載『TPO69』『一億人の島』などの社外フォトディレクターだった長野重一さんには、20歳の時、実際に撮ったものを見て頂き、掲載にこぎ着けたことがある。
これはその前提となる素晴らしい写真展だった。歴史に吸い込まれていくような強い印象があった。

どんな写真を撮っていても、写真の大きな流れを見失いたくないし、どんな写真を撮っていても、写真の原点にいつも立ち返ることが出来るものを持っていたいと、改めて思ったのである。

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